2010/08/23

無償の愛:カルマヨガ

カルマヨガとは、
行為の結果に対する思いを放棄して、無私の心で思いやり、善行を施すこと。行動のヨガ
見返りを求めず、期待をせず、利己的な目的ではなく人に役立つ行為をすること。
マザーテレサや、マハトマ・ガンジー、子供に対する母親の無償の愛がよくたとえられる

でも私は思う
子どもが親に与えてくれるものもまた無償の愛だ
子どもは親のことを受容してそのままを愛してくれる
時には虐待や言葉の暴力があってもそれでも子どもはその親を求めるように

生まれてから子どもの小さいうちは親の与える世界が全てだ
悲しい事件を見るたびに思う
環境がなければ子どもは選択することも生き延びることも逃げ出すことも出来ない
大人には他の世界や関係もあるしそれを楽しんだり気分転換したりすることが出来る
行き詰ったとき、気分転換が必要なときはその時間を惜しまず楽しめば良いと思う
そしてまた子どもに愛を持って向き合えたら良いとおもう
子どもの見るこの世界は愛に溢れていて周りの人たちを信頼して
自分が愛されありのままを受け入れられている存在なんだと思って欲しい

正しい子育てなんて分からないし正解なんてないと思うけど
これで良いのだろうかと迷ったり周りの時々放たれる目に落ち込むこともあるけれど
どんな時でもそれを嘆いたり悲しんでいる母親の顔は見せたくないと思う
彼女から見る世界は楽しく愛に満ちた世界であって欲しいと思うから

いつも私を求めてくれる彼女から
私はたくさんの無償の愛をいただいている
おっちょこちょいで足りないところばかりの私を
愛してくれてとびっきりの笑顔をくれる。
ありのままで良いんだよと教えてくれるいとおしいひと

2010/08/06

どうありたいか

それが正しいか正しくないかではなく
良いか悪いかでもなく
人から良く思われたいとか嫌われないようにでもなく

本質は何か
本当に大切なのは何か
どう生きたいのか

自分にとってそれが情熱を持って継続出来ることなのか
そして何より自分が本当にやりたいことなのか

現在のシステムが複雑に思うこともある
そう感じるとき、迷いが生まれる

もう一度はじめから
自分を見つめなおしてみる
その繰り返し

本当はとてもシンプルで純粋に魂が喜ぶこと

ヨガの教えはとてもシンプルだ
でもその道は甘くない
だから面白い

2010/07/24

眠りにつくまえに


やわらかい肌
透き通った目
小さな小さな歯
あかちゃんのにおい
ほそい指
まぁるいおなか
むねのきず

そのすべてがいとおしい
一日生きることってすごいことだ
娘がおしえてくれる
今日一日元気でいてくれたことに感謝の気持ちがいつもあふれてくる

ゆっくりゆっくり
あかちゃんから少しずつこどもになっていく

時々先のことを考えて心配になるけど

そのときはこの言葉を思い出す。
「三歳までは神様のように育てなさい」
インドに行った時に知人から言われた言葉

二十代のあの頃、その言葉はあまり心に響かなかったが
今ならそれを言ってくれた意味が理解できる

昨日の母との電話「生きているだけで有難いんだよ。それ以上望むことはないの」と言われた
生きてさえいれば。本当に生きてさえいれば私たちはいくらでも成長出来る
それは人と比べての成長ではないのだ
娘の経験がそれを私に教えてくれる

私の好きなスートラの一説
他人の苦しみを見て心を痛めるのは確かに苦しい。
だがそれは、最終的にはわれわれのハートとマインドを広げ、わたしたちに大きな理解の力を与えて、われわれを安らぎの内に置く。YS(1ー5)

人にはどんなに理解しようとあがいたところで
そのときが来るまでわからないものがある
でもその体験をより深く味わうために学び続ける
世界が拡がる瞬間を味わうために
「苦」も「楽」もどう生かすかは全ては自分次第