2011/05/08

被災地から


久しぶりのblog更新
随分と間が空いてしまった
激しくマイペース更新だけど、嬉しい感想を聞かせてくれたり更新待ってるよ!
と声を掛けてくれる有難い人もいるので、また気を取り直してぼちぼち更新していきます。

先月末からGWにかけて、相方が仲間と被災地入り。
私も行きたかったけど、まだ時期尚早と今回は断念
当面は今までどおり東京で出来ることをしていこう

映像で瓦礫の山を見た衝撃が忘れられない
あれが3.11の震災前は誰かの大切な家で、誰かの大切な家庭があり
そして宝物のような生活が詰まっていたものが一瞬で瓦礫となりゴミ扱いされる

復興と共に今後、心のケアが長期的に重要になるだろう
少しずつ、同じ志の仲間が集まって今後の活動につなげていきたい

以下からは一回目の相方のルポです
今月末にまた行く予定

ようやくの機会を得て、石巻市の被災地に入った。

TVでの報道も日に日に少なくなり、ともすると、すでに過去の出来事であったかのように流れ去ろうとしている事実。
そんな状況に言いようのない違和感を覚え、どうしても自分の目で“現状”を見ておきたいと思ったのだ。
新宿からバスで約7時間。
夜の22時に発ったバスは、翌朝4時半に石巻のベースキャンプに到着した。
所々に、春霞のように美しい薄桃色の花が見える。

石巻は、ちょうど桜の季節にあった。
街は、想像していた以上に壊滅的だった。
あるはずのない場所に横たわる船。
小学校のプールに沈む車。
津波に破壊され、辛うじてバランスを保っている家屋。
アスファルトの路傍には、魚や小動物の屍骸が転がっている。
限られた日数、限られた時間の中で、一体自分に何ができるのか?

延々と無彩色が続く街に立つと、TVで傍観していた時に感じた無力感とは違う、もっと大きな、茫洋とした無力感に抱かれた。
街全体が、腐臭のような何とも言えない臭いに包まれている。
砂塵が舞い、時折視界が濁る。
マスク、ゴーグル、雨合羽、長靴……
今回の被災地入りに際し、着用を勧められたそれらの防具。
その必要性を、現地に入るなり身をもって体感することとなった。

縁あって、とある家屋の汚泥出し作業を手伝わせてもらえることになった。
家主は、71歳の老人。
3月11日のその時、老人は、この家屋の一階に居て津波に飲み込まれたのだという。
必死の思いで二階に逃げ果せた老人は、以来、半壊状態のこの家屋で生活を続けている。
一階の床下に堆積したヘドロの撤去が、我々に依頼された作業であった。
角スコップで掬った汚泥を、麻袋に詰めて運び出す。
延々と繰り返すその作業のその過程で、汚泥の中から様々な家財が掘り起こされる。
本、食器、洋服、置物、書類や仏具の類まである。
汚泥にまみれ、すでに原型をとどめていないものもあるが、老人にとってはその一つ一つが大切な思い出だ。
掘り起こされた品々に付着したヘドロを丁寧に拭いながら、感慨深い表情を浮かべる老人。
その表情を見ていると、あまりの無常さに胸が詰まる。
先祖代々受け継いで来たという仏壇と神棚が、この壊滅的な被害の中、奇跡的に原型を留めている。
それらを壊れないよう慎重に運び出し、出来得る限り元の状態に近づけるよう、心を込めて磨いた。
救いは、老人の明るさだった。

被災地入りする以前、どの様な心境で現地に入るべきか懊悩した。
少なからず、被災地に対して好奇心を抱いていたことは否めない。
そうした己の好奇心による行動は、亡くなった多くの人々を冒涜する行為なのではないかとも思った。
しかし現地に入ると、そんな小さな迷い事は瞬時に消えた。
被災地入りの動機はどうあれ、ここで必要なのは“行動”だけだ。
我々が想像する以上に、被災者は前を向いている。
深い痛みを経験し、それでも必死に生きようとする人々を前に、迷っている暇などなかった。

ただひたすらに行動すること。
語弊があるかもしれないが、自分の場合、人助け云々ではなく、そうした人々の姿に触発された自分の中にある正義の欠片みたいなものが、自然発火したが故の行動だったように思う。
だから、ボランティアとは名ばかりで、結局は自分自身の欲求を満たす行為に他ならないのだ。

2日間を費やして老人の家屋から汚泥を運び出したが、大して状況が好転したとは思えなかった。
それでも老人は満面の笑みを浮かべ、我々一人ひとりにお礼の言葉を述べてくださった。
翌日、老人は72歳の誕生日を迎える。
我々は事前に用意していた色紙に思い思いの言葉を綴り、老人にそれをプレゼントした。
プレゼントのお返しにと、老人は謡曲を歌ってくださった。
汚泥出しを終えて幾分ましになった家の中で、我々は老人の歌を聞いた。
家の中をすり抜けてゆく風が、疲労した体に心地よかった。
渦中にあるはずの老人が、誰よりも凛として見えた。

生きていることが美しいと思える、本当に尊いひと時だった。

被災地はいまだ渦中にある。
我々は常にそのことを念頭におきながら、被災地と寄り添って日常生活を送るべきだ。
GWのボランティア団体が被災地を後にすると、慢性的に人手不足となることが予想される。
今後、長期間に渡って人々の助けが必要になるだろう。

今回の経験を糧として、僕は再び被災地に入るつもりだ。

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