2010/11/10

そこにある意味

普段はあまり見ないテレビ
何気なくつけた番組、世界仰天ニュースで
「難病と戦う少女」と言う特集を組まれていた。守井朝陽ちゃん。
驚いたことに娘と全く同じ病名だった
タイトルから、若く亡くなってしまうのは想像出来たのでテレビを消そうか迷ったけど
胎児診断から出生時の様子、病状の進行など娘と似た過程だったので
見てみることにした
10万人に一人。原因は不明。
病態、複雑な手術方法の説明などは多少省いてる感もあった気はするが
一般の人にもとても分かりやすく解説されていたので良かったと思った
9歳の短い生涯、精一杯生き抜いた姿が、テレビにしては妙な誇張もなく淡々と
描かれていたのが逆に娘の姿と重なり涙が止まらなかった。

印象に残ったのは、
朝陽ちゃんが友達に、「朝陽ちゃん明日オペなんやろ、頑張ってな」と言われて
泣き出し、「頑張ってって言われたないねん。朝陽な、頑張ってるやん。
そやのに、もっと頑張らなあかんの?」と言い、この言葉に母親はなんて言っていいのか・・・と絶句した場面です。

私は何度、娘に頑張れといってるだろう。
ICUで意識のないとき、今夜が峠と言われたとき、
ギリギリのところで生命を維持していたとき、
娘の入院中、意識不明のときの記憶が残ってる、周りで何が起こっているか声が聞こえたり話していることが分かっていたというある患者の手記を読んだ
この本の出会いが私にとっては大きな啓示となった。
昏睡状態でも、意識がなくても、いつもいつも励ましの言葉をかけ、
日常のように絵本を読んだり、なんでもない話をしたり、空の色を教えてあげる
手を握りしめ、安心感を与えることがいかに大切かの確信をもっている。

そして信じること。信じぬくこと
中途半端な気持ちで何かが実現したことはあるだろうか
強い意志を持って、ひたすら信じることがある奇跡を起こすのだと思う
そして信じ続けるには心身の強さや明るさが必要不可欠ということも学んだ
娘が私の元に生まれてくれるためにヨガと私は出会ったのだと信じている
そして娘は言われなくても死ぬほど頑張って「今」生きているんだと思う
それが生きることなんだ
私はこれからも娘の大変なとき、やっぱり娘には頑張れと言うだろう
頑張って生きて
その魂を全うしてほしい

物事を受け止め方を変えること、明るくいること
シリアスな状況でも悲しい気持ちだけで生きていたくない
支えられる人間になるために、もっともっと自分を成長させたいと思った
娘に恥じない人間に成長したい

私は普段テレビのそういった情報は殆ど見ないようにしている
子どもの難病特集とかオペ、ハンディキャップの類のもの
お涙ちょうだい的な、感動をありがとう的な24時間テレビなども何年も見ていない。
昔から違和感があった。障害者は何か特別な頑張りをしないと認められないの?
別に感動させるために生きているわけではないのだろう。
感動してもらわなくてもいいからこういう人々がいるという事実を
知ると言うことが大切なのではないだろうか

実際はもっと日常的でそんなにシリアスなものじゃないような気がする
もちろん状況によってシリアスにならざる得ないこともある
でもそんな毎日なら心がもたない。
そこには普通のくだらない事でゲラゲラ笑えるような日常があるのだ

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