2010/08/04

いちりんの輝き

娘と母子通園している園の去年の卒業文集です。
何人かの方から読みたいと言う声を頂いたのでUPします。
長いので続きを読むからどうぞ。


娘は来年の5月で3歳になります。

去年の年末は初めて自宅でのんびり過ごすことが出来ました。
生まれてから入退院の繰り返しでした。
術後は何度も予期せぬことが重なり、生死の境を彷徨い、その後は二次障碍など、
今まで感じたことのない激しい憤りや感情の起伏を感じ、また改めて心からサポートしてくれる母親や周りに感謝する気付きの日々でもありました。

娘のどんな状態でも必死に生きようとする、圧倒的な命の輝きに何度も励まされ勇気をもらいました。当たり前のことが当たり前のことではないことを知りました

目が見えること。自分でごはんが食べられること
手足が自由に動かせること
笑えること。泣けること
心と感情がリンクできて感情表現ができること
ただ呼吸をして生きていること
その命の輝きに圧倒される
なんて美しくて輝いているんだろう
小さな命は私にたくさんのことを教えてくれます

娘を妊娠してから時がたつのは本当に早かったです。
妊娠経過はとても順調で助産士さんと自宅出産を予定していました。最後の病院のチェックにて娘の心臓病が分かり、急遽大学病院へ転院しました。
胎児診断も頂き、娘の病気についてもっと情報が必要でした。出産前に出来ることをしておこうと色々探していたところに、「心臓病の子ども守る会」の方から園のことを聞き、娘が二ヶ月のときに抱っこで園に行ったのを覚えています。
子どもたちが本当に元気いっぱいで園に流れるエネルギーが明るく楽しそうでイメージしていたものと随分違っていたのを覚えています。
娘の入院と私の仕事などでなかなか毎週園に行けないのですが娘は園が大好きです。園で先生たちや子どもたちと遊んでいるいちりんは本当に生き生きと目が輝いていて私も嬉しいです。
このような素晴らしい場所を提供してくださっているみなさんに本当に感謝です。
ありがとうございます。

障碍を受け入れるには時間が掛かります。
娘は心臓の他にも、二次障碍で低酸素脳症、目に疾患を負いました
障害を持つ子、その親と言う事は社会的にみればマイノリティになります。
娘が産まれてきてくれたことにより知らないことを知ることが出来ました。
そしてまた、すべての子どもが当たり前に受けられると思っていた
サービスや環境が子どもにより享受できないことを知りました。
病院に長くいると色々な病気の子、そして親と出会います。
そして様々な障碍を知ること。
そこには必ず人間の本質「哲学」があるように思います

違っていい、違いを隠す必要はない。 言葉では簡単。
でも実際起こる様々な違い、周囲の理解、視線を 「受け入れる」ことは大変だし、
必ずしも受容が必要ではないけれど、少なくとも違いを「理解する(知る)」ことで広がる世界がある・・・そんな哲学が障害にはあるように感じます。

この先、娘は成長していきます。
自分自身で病気と向き合わなければならない時が必ず来ます。
娘には自分のないものに目を向けるのではなく、あるものを生かし、感謝して前に進める人間であってほしいと思います。
そのためには親がそういう生き方をしていなければ娘に伝わらないと思っています。
これからも娘の楽しいこと、出来ないことではなく出来ることにフォーカスし、キラキラ目が輝く経験をたくさんさせてあげたいと思います。

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ここ何日か報道され続けている2児遺棄の母親の悲しいニュース

小出しにされる情報に、そして帰ることのない母親の帰りを待ち続けてこの暑い中、
亡くなっていった子どもたちの写真が写るたびにやりきれない。
胸が締め付けられ、同時に母親を責めるだけでは完結しないことについて
どうすれば良いのか考えています。

2 件のコメント:

MIYU さんのコメント...

早速公開してくださってありがとうございます。涙がとまりませんでした。

まだ色々と消化できない心の問題もあるのですがそれでも子どもと改めて向き合うきっかけをくださってありがとうございます。
今日はしっかり抱きしめたいと思います

カオ さんのコメント...

MIYUさん

コメントくださっていたのに
返事が遅くなってしまいすみません。
MIYUさん元気にしていますか?
MIYUさんの心の葛藤、よく分かります。
その葛藤も全部全部自分の思い。
心の奥にある悔しさ、悲しさ、蓋をしないで泣きたい時は泣いて
誰かに話したくなったら
またゆっくり話そうね。mail書きます